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にほんのれきし

むかしの日本にほんってどうだったの?

学校がっこうで、ちゃんと勉強べんきょうできるけど
10ページぐらいの「えほんと」で、ざっくりおぼえてしまおう

日本にほんのいちばん、ふる時代じだいは だいたい9まんねんぐらいまえ
そのころは、ゾウよりおおきなマンモスをつかまえて、ほねりの道具どうぐにしていた
いしを くだいて 包丁ほうちょうなどの道具どうぐをつくっていた時代じだい
このころの時代じだい旧石器時代きゅうせっきじだいという

まん千年せんねんぐらいまえから 縄文時代じょうもんじだいという時代じだいが はじまる
この時代じだい特徴とくちょうは、粘土ねんどをこねていた土器どきをつかうようになったこと。
また、いえをつくり、その場所ばしょ定住ていじゅうするようになったこと。
定住ていじゅうとは、まった場所ばしょむこと
文化的ぶんかてきには、つち人形にんぎょうである土偶どぐうを つくって、かみさまをまつっていたということが おおきな 特徴とくちょうです。

縄文時代じょうもんじだいのあとは弥生時代やよいじだいは、いまから3ぜんせんねんぐらいまえのはなし
縄文時代じょうもんじだいとおおきくちがうのは、こめ栽培さいばいするようになったこと。
つまり、畑や水田すいでんをつくるようになったということ。
それは、中国ちゅうごく朝鮮ちょうせんからやってきたひとたちが、農業のうぎょうのやりかたを教えてくれて、じょじょに日本中にほんじゅうにひろまっていった。
農業のうぎょうをするようになり、安定あんていして食料しょくりょう確保かくほすることができ、生活せいかつ飛躍的ひやくてき安定あんていした

弥生時代やよいじだいわり、いまから1800年ぐらいまえから、古墳時代こふんじだいという時代じだいがはじまる
このころは、日本にほん各地かくちに ちいさなくにができ、おう中心ちゅうしんとした社会しゃかいができあがっていた
おうぬと、おおきなのおはかをつくった。これを古墳こふんとよんでいる。
このころ、中国ちゅうごくほんには、『日本にほんにはヒミコという女王じょうおうがいる』という文章ぶんしょうかれているが、日本にほんのどこにいたか、は、わかっていない

古墳時代こふんじだいわり、いまから1500ねんぐらいまえから、飛鳥あすか奈良なら時代じだいという時代じだいになる。
このころは、中国ちゅうごくからつたわった漢字かんじをつかっていたので、いろんな記録きろくがのこっている
そのころの 日本にほん天皇てんのう中心ちゅうしんとしたくにづくりをしていた。聖徳太子しょうとくたいしというひと天皇てんのうたすけて政治せいじをしたことがつたわっている。
また、このころつくられたおてらや、仏像ぶつぞうが、いまでもいくつかのこっていて、大事だいじ国宝こくほうとして管理かんりされている
国宝こくほうというのはくにたからのこと

いまから1300ねんぐらいまえ、日本は平安時代へいあんじだいばれる時代じだいになる。このころ、みやこ京都きょうとにあり、そのみやこ平安京へいあんきょうんだ。
貴族きぞくばれるひとたちが、ひろ土地とちと、そこにひとたちを支配しはいした。また、貴族きぞくをまもるための武士ぶしつよいちからをもつようになってきた。
平安時代へいあんじだいは、しだいに武士ぶし貴族きぞくより強くなって、いまから900ねんぐらいまえには、貴族きぞく時代じだいはおわることになった

貴族きぞく時代じだいのあとは、武士ぶし・・・つまり、さむらい時代じだいになった。それが、いまから900年前ねんから400年前ねんまえはなし
さむらいたちは、権力けんりょくもとめて、ほか武士ぶしたたかっていた。この時代じだい戦国時代せんごくじだいという。とくに、つよい権力けんりょくをもつさむらい大名だいみょうという。

源頼朝みなもとのよりともや、足利尊氏あしかがたかうじ織田信長おだのぶなが豊臣秀吉とよとみひでよしといったいろんな大名だいみょうがあらわれて、たたかっていた。そのうち、徳川家康とくがわいえやすという大名だいみょう日本にほんくにをまとめた。これが今から400年前ねんまえのこと

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